維新派BLOG

祈りとしるべ

台湾は、祈りが身近にある場所だ、と思った。
ほんの狭い範囲しか見られていないので、少し思い込みに近いところもあるだろうけれど。

公演に行った先で、その土地の神様がおわすと、挨拶も兼ねてできるだけ参るようにしている。今回の宿のそばには立派な関帝廟があって、そこにはたくさんの神様と、熱心に祈る老若男女。
作法も知らぬよそ者なれど、人びとの祈りが支えるその場所に心が落ち着く。

 

 

祈り、といえば、維新派は毎日の開演前、上演の無事と成功のために「お清め」と呼ぶ儀式をする。
たいそうな作法があるわけでもなく、全員で少しづつ御神酒(日本酒)を分け合い、「よろしくお願いします!」と挨拶をして、一気に飲み干す。
とても単純な行為だけど、それで喉を通る酒は本当にすぅっと身を引き締めて清められていくようで、私には大切な儀式だった。

日本酒好きを公言していたらいつの頃からか準備を仰せつかるようになっていたので、今回はどのタイミングでやればいいだろうと考えていたら、当日稽古直後、お供えが山と盛られたテーブルが運ばれてきて面食らう。
台湾式のお清め!
客席に向かって祭壇を設え、台湾の舞台監督、ジャックさんが口の中で祝詞を唱える。全員が線香を手に四方それぞれを向いて祈りを捧げる。維新派よりずっと本格的な作法、慣れた手つきの台湾メンバーの見よう見まねで倣う日本勢。

 

 

 

そのあとは維新派式のお清めも。稽古直後で時間が取れない私の代わりに、制作の翼さんが準備してくれていた。

 

 

 

お互いの作法で、この船に乗り合う全員が、それぞれに思い、祈る。こんなにもたくさんの人が、もうすぐにも蜃気楼のように消えてしまう、この場のために思いを寄せている。
そんな場所に立って自分が生きていられるのは、本当にかけがえのない幸せなことだ。そんなことを改めて感じられて、身が引き締まる瞬間。

形ばかりというけれど、形に込められた思いや祈りがあることを、今はもう知っている。
あるいは、祈りが形をとるということも。

祈りのかたちをもう一つ。

大入袋。公演の完遂を祝って千穐楽に渡される縁起物。これも今回は台湾式と日本式のふたつ。

 

 

日本のは、「この先も御縁(ごえん)がありますように」と五円玉が入っている。
台湾のは、台湾の制作、逸君さんが忙しい合間を縫って、廟で一つ一つお祈りして頂いた御守りが。
袋に書かれているのは「一帆風順」

――帆が風をはらんで、その道行きが良きものとなりますように。

この「アマハラ」に、そして、47年の長い旅を続けてきた維新派の最後に何より相応しい言葉。
長い間、たくさんの人が乗り込んでは下りて行った船はついにその旅を終えて、今度はそれぞれが、新しい船を出す。ここで出会った縁がいつかまた繋がることを願い、真っさらな帆をあげて。
その旅路を導く、良きしるべとなることでしょう。
ありがとうございます。いつかまた、どこかで会えたなら、きっと手を振ります。

 

さあ、どこへ行こう。
もう、あの大きな船はどこにもなくなってしまったけれど、行くあてもないけれど、しるべはここにある。だから迷っても立ち止まっても、きっと大丈夫。
もうどこへでも行ける。どこへでも行ける。

 
(大阪港から西方を望む)

(今井 美帆)